2010年5月25日火曜日

ラッシャー木村さん死去、68歳

まあ、なんだな、ジャイアント馬場御大とともに、そのレスラーとしての強さよりもマイクパフォーマンスで大人気となって一時代を築いたプロレスラーのラッシャー木村さんが昨日24日の午前5時半腎不全により亡くなられたわけであるが、謹んでご冥福をお祈り申し上げるのである。

まあ、いまだに「プロレスは八百長だ!」なんてとんちんかんなことを真剣に言い張る御仁もおられるのであるが、これは「水戸黄門はマンネリだ!」といってるのと同様に意味のないことであるのである。

まあ、力道山時代のプロレス勃興期にそれを、「興業」としては観ずにアマチュア好みの真剣勝負と思い込んで見ていた皆さんが、プロレスには「筋書き」があるなんてことが暴露されたりして、それで衝撃を受けて、いーろいろ大騒ぎになって、プロレスはインチキだなんてことで離れたファンも多いのであるが、まあ、なんとゆーか「プロレス」としての楽しみ方はその「筋聞き」も含めた、格闘技のドラマとしての、その技術も含めた面白さにあるわけであるが、これ、たとえば真剣勝負を見たいならアマレスを見ればいいわけであるが、プロレスの面白さはそれとは違うところにあるのである。

相撲も元来はこの「興業」であったので、現在、繰り返し取りざたされている「八百長」というのはあまり意味のないことであったわけであるが、まあ、しかし現在では、相撲はその存在が国技であり、さらに格闘技としてのスポーツという観点から、真剣勝負が建前となっているので「やらせ」「八百長」はもちろん問題外であるわけである。

プロレスはこの相撲がまだまだ「興行」であった時代の力士であった力道山が日本に導入したものであるので、当然「興業」であったわけであるが、その後猪木さんが異種格闘技なんてことで、プロレス最強を宣伝したことで、全て真剣勝負と勘違いする人もおられるわけであるが、プロレスの本筋は「興業」であるのである。

つまり、たとえば、歌舞伎や芝居を観るときに、内容はわかっていても、その演者の魅力や演技力に魅了されて何度でも観るのに似ているのである。

冒頭で取り上げた「水戸黄門」にしても、観る者には内容も筋立てもどうやってもこうやってもわかっているのに、お好きな人は印籠を出すシーンでそのカタストロフィーで大満足するわけである。

映画だって、作り物であるのはわかっていて、さらに最近は背景からなにからCGで作り物であるとわかっていても、その世界に入り込み酔うのと同様であるのである。

ドキュメンタリーも面白いが、虚構のドラマも面白いのである。

まあ、しかし、それもこれも趣味の問題であるので、嫌いな人はそれはそれでいいのである。

あたしは昔から女子プロレスの井上京子さんの大ファンであるし、プロレスの味方であるのである。

これ、大昔に誰か言ってたね。

ああ、たしか村松友視さんだ。