2010年5月17日月曜日

不二家、ペコちゃんの歌を久石譲が作曲

先日、店頭のペコちゃんをたくさん盗んで売り飛ばしていたやっちゃんが懲役何年だかになったのであるが、まあ、この人はご商売がら、いろいろやってらっしゃたので、実刑をいただいたのであるが、それにしても今も昔もペコちゃんは何かにつけて話題になるのである。

不二家はたしか、数年前に食品製造のずさんな管理で営業停止だかなんだかで、末端の販売店はえらいめにあったわけであるが、まあ、この話題を見ても、ここのところ順調なご様子でなによりであるのである。

まあ、あたしの子供のころ、不二家のミルキーはペコちゃんの絵が描いてあ赤い大きな箱に入っているのがお菓子屋に売っていて、ミルキーの味は鮮烈で今でも記憶にあるのであるが、まあ、これとならんで記憶にあるのがライオンバターボールかね。

キャンディーを舐めなくなって、何十年経つか記憶もないのであるが、おそらくこの先もキャンディーを舐めることもないとは思うのは、今は菓子が多様化したのが原因ではあるとは思うのであるが、まあ、いずれにしても舐めないのである。

まあ、これ、炭酸清涼飲料水なんかのせいで、ぺろぺろ舐めてるのめんどさいてな感覚があるからかね。

そういえば、おじいちゃん、おばあちゃんは飴を舐めてるイメージがあるが、あれはやっぱり、おじいちゃん、おばあちゃんの時代には飴が菓子の主流で、その経験で飴を舐めるということであれば、あたしらが年取ったら、炭酸清涼飲料水をがぶがぶ飲んでるんでしょうか。

高齢になると、海馬が衰えて、最近の経験は記憶に整理されなくて、昔の記憶が中心になって生活を始めるみたいなところがあるので、年寄りは古いだのなんだのいわれるわけであるが、その言ってる若いと思ってる当人もその若いときの時点の記憶が年をとったときに生活の中心となるので、「古い」と言われるのである。

まあ、そうなりたくないと思っても脳神経、海馬の仕組みはいかんともしがたく、20歳から怒涛の萎縮が始まっていて、どうにもならないわけであるが、まあ、それでも無駄な抵抗を日々必死で行っているわけである。

ううむ、ペコちゃんとそうとう離れてしまってのである。