2010年8月26日木曜日

三重県に163歳の男性が存在する、はず

ううむ、某読売ネットによると、大阪市では、戸籍上は生存しているのに、住民基本台帳(住基)に登録されていない120歳以上の人が、5125人にも上るそうだ。

それで、三重県志摩市では、163歳の男性が戸籍上いると判明してさらに、大阪市も同日、安政4年(1857年)生まれの152歳がいると発表したそうである。

その他にも140歳以上で生存しているはずの人がぞろぞろ出てきて、世界に冠たる日本の戸籍法はもう信憑性もなにも総崩れであるのである。

まあ、これで日本の平気寿命世界一はぜんぜん当てにならないデータから出たもんであるので、なにがなんだかわからない状況になったわけである。

まあ、学者さんのご意見によると、人間の寿命の限界はだいたい140歳であるそうであるので、140歳近辺の人は生きておられる「可能性」はあるわけであるが、まあ、どう考えても生きてはおられないので、この日本で国民が生きてるのか死んでるのかわからない人がたーくさんおられるということであるわけである。

これ、世代を限らずに調べると、行方不明者はどのくらいいるかわからんだろうね。

仲たがいした親子や家族、親族は、そのまま分かれると捜索願いなんか出すわけもないし、役所に届けるわけもないから、どこでどうなってるのかぜんぜんわからない人がものすごい数でいることになるわけである。

つまり、これ、日本の人口のデータもそうとう怪しいのである。

こうなるとあたしなんかは、実際上の人口は9割ぐらいしかいないんじゃなかろうかとか、だから、年金も破綻しそうなんじゃなかろうかとか、幽霊も払っていることを想定して徴収金額が決められて、さらに高齢者の幽霊に年金を延々160歳まで払ってるとなると、幽霊が収めたはずのものを幽霊が受け取ってるわけだから、そりゃ、機構は立ち行かなくなるわけであるのであるなあとか、いろいろご無体な面白想像妄想が湧いてくるわけである。

そうかといって、以前のようにおまわりさんが戸籍調査に来て、一人一人確認するてなこともプライバシーの問題で無理だろうし、国民総ナンバー制も同様の問題で反対者が多いだろうし、人間ひとりが生きてるかどうかを確認する方法を何か考えないと、お隣の人口大国中国同様に正確な人口はぜんぜん把握できないということになるのである。