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オミクロンに感染しない方法

 もうすでに全国で5万人が感染してるわけであるが、これは行政が把握してる人数であるので、実際にはこの数倍数十倍の人数であるのは当然だろうね。 東京ではおおむね1万人だから、10万人以上は感染してるとみて間違いないだろう。 あたしがいつも行く近所のスーパーでもレジのおねーさんが3人感染したらしく、「申し訳ありません」と張り紙がしてあったので、つまり、東京の思いっきり辺地に住むあたしの周りにもすでにオミクロンが広がってるということである。 アメリカでは一日に百万人以上が感染したわけであるので、日本もいずれは一日に数十万人が感染する可能性があるのは想像に難くないのである。 これまでの経過をみてると、オミクロンの感染力はデルタの比ではなかろうから、マスクをしてようがしてまいが、感染者と接触すれば感染は逃れられないと思ったほうがいいだろう。 人流だ人数制限だでもめてるが、そんな問題じゃなくて、人と会えば感染すると考えるのが妥当だろう。 まあ、毒性がそうとう弱いので、若者や健康な人は発症しても死ぬ可能性は低いが、あたしら年寄りはヤバいかもしれないのはこれまでの変異種と同じだろう。 あたしは2月9日に3回目のワクチン接種をする予定であるが、予想通りそのあたりがオミクロンの感染ピークにあたりそうである。 東京で一日数万人が感染してる状況で病院にワクチンを打ちに行けば、そこの感染者がいないという保証はまったくないので、感染しに行くみたいな感じもあるな。 しかし、飲み薬のモルヌピラビルが十分に供給されていない現状では、やはりワクチン接種が最善であるのは当たり前である。 オミクロンに感染しないことはどうも不可能であると考えたほうが正解だろうから、ワクチンを打って軽症で済むようにするしかなかろう。 はたして今日は新規感染者が何人でるのか、ある意味戦々恐々であるので、とにもかくにもあたしゃあらゆる会合、寄り合い、打合せ、話し合い等々を断って個人的ロックダウンでしばらく引きこもるのである。 何が何でもオミクロンにかかりたくないので、あらゆる手立てをもってピークをやりすごし、収束するのを待つのである。 まあ、PCR検査をしたこともないので、すでに感染してるかもしれないということを考えると、無駄なあれこれかもしれんが、人とのかかわりを限界まで断つのである。 しかし、変異がオミクロンで終わる...

日本人とマスク文化

・ 象気功 まあ、このテーマはコロナが流行してからこれまでときおり書いてるのでループしてるとは思うが、ここのところの日本の感染者激減と世界の感染者爆発の状況をみてると今更ながらマスクの効果を再認識するのである。 御存じの通り、このところ東京都はコロナの感染者が一桁台である。 そんな状況の中で仕事であちこち出かけてみると、感染者激減の現在でも出会う人のほぼ100%がマスクをしてるのである。 屋内室内はもちろんのこと、街を歩いてる人もほぼ100%がマスクをしてるし、自転車の人もほぼ100%がマスクをしてるのである。 ときには車を運転してる人もマスクをしてるのである。 ほぼ感染者がいないという状況の中で、政府の強制なしにこんな状態の国はおそらく日本だけである。 どんなにマスク反対派のバカが騒いでも、まったくこの状況は変わる様子がないのは当然であるが、ほぼ100%が動じないというのは驚くばかりである。 対して、現在感染者が再爆発してるドイツやイギリスのニュースを見てると、ほとんどの人がマスクをしてないのである。 欧米ではマスクを法律で義務化しても、マスクはいやだという人だらけであるが、日本では逆にマスクをはずせと言ってもいやだという人だらけである。 どう考えても、現在の日本の感染者激減と欧米の感染者再爆発の差は、マスク効果が大きな要素なのは明らかである。 日本ではこれまで冬になればインフルエンザ予防でマスクをしてる人が多く、また、冬が終わるころには花粉症対策でマスクをしてる人が非常に多いので、一年の半分はマスクをしていても奇異に感じたり不快感を示す人は誰もいないわけである。 コロナ予防でマスクその他を励行しているおかげで今年もインフルエンザがはやる様子もないので、マスクはざっくりと空気感染系の感染症には非常に効果が大きいということが実証されているわけである。 いずれにしてもインフルエンザ予防でマスクをしてるのも花粉症対策でマスクをしてるのも当たり前だという日本と、「マスクをしてるのは危険な感染症か重病の病人だ」という思い込みの欧米との違いであるとは思うが、 コロナウイルスはどこに住んでるかというと、お口に住んでるのである。 そのお口から出ないようにすることが感染しないさせない効果を生むのは当たり前である。 あたしはもちろんコロナが完全に収束しても、外出時は当分はマスクを外す...

瀬戸内寂聴さん死去

 まあ、いつも某週刊朝日連載の横尾先生との書簡のやりとりを拝見しているのであるが、仏教徒として現実的な瀬戸内先生と画家としてスピリチュアルな横尾先生の対比が非常におもしろく、この先はこれを読めないのは実に残念至極である。 てなことを言ってるが、元来が他人の書いたものは斜め読みであるので、まして週刊誌は飛ばし読みであるので、だいたいの趣旨をご理解申し上げているだけで、深いところはあのねのねである。 あたしの日本文学の読書歴は、十代の一時期小説家になろうと決心して図書館の近代文学全集全88巻を読んだ限りであるが、内容はおろか誰を読んだのかも覚えていない始末で、もちろん瀬戸内先生のお書きになったものも読んだとは思うが、まったく何がなにやらである。 その後はすべて他人の書いたものは斜め読み飛ばし読みで、さらに、ネットが普及してからは、アマゾンでいつでも読めるということでそれなりにあった蔵書をすべて捨ててしまったので、あたしの家には書籍はおろか辞書もないのである。 スマホのおかげもあって、それでまったく困らないという現代生活はまことに素敵な時代であるなあと心からあれこれする日々である。 まあ、どんなエライ先生のものも他人の書いたものであるし、まして印刷物なんかに何も思い入れはないのでどんどん困ったときの某ブックオフに持って行ったのである。 話は変わるが、電子書籍は本当にありがたく、読みたいときにすぐ読めるという、まことにこんな時代に生まれたことを感謝感激雨あられの心境である。 どんなものどんどん電子書籍化してほしいと思うが、そうなると本屋さんは軒並み潰れて、職にあぶれる人も出るわけであるので、なかなかそうも行かない事情もあろうが、方向性はそちらの方に怒涛の進撃であろうことは間違いないわけである。 紙で読まなければ身にならないなんてご意見もあるが、身になろうがなるまいが、便利な方向にこの世が進むのはこれまでの歴史でそれこれであるので、早晩、紙による書籍は特殊な場合をのぞいて消滅する可能性の方がそれこれである。 ううう、くだらん、あまりのつまらなさに死にそうだ。 同じ作家としてこの体たらくの文章に非常に恥じ入る次第である。 誰が作家だ。 追悼のために書いてるものがこれでは、瀬戸内先生に申し訳ない限りである。 瀬戸内先生は99歳ということであるので、いわば天寿全うで、気功法...

マララちゃんの結婚

マララ・ユスフザイ(24歳)さんは、ご存じの通りパキスタンにおいてイスラム主義勢力タリバンによる女子生徒の通学阻止の試みに反対する活動で世界的に知られるようになり、15歳の時にその行動に反発したタリバンの構成員に頭部を撃たれて、英イングランドに空路搬送されて治療を受けて一命を取り止め、その後2014年に史上最年少の17歳でノーベル平和賞を受賞し、昨年には英オックスフォード大学を卒業して哲学、政治学、経済学の学位を取得したわけである。 そのマララちゃんがパキスタン・ラホール出身で、パキスタン・クリケット委員会の運営管理者を務めるアッセル・マリクさんとご結婚の運びとなったという実にめでたいニュースで、熱烈なマララファンの一人のあたしとしては、矢も楯もたまらず何か言わずにおれないわけである。 興奮して文章が支離滅裂であるが、それだけ象師匠としては心からご慶福申し上げているということである。 マララちゃんと呼ぶのはもう年齢的に失礼であるので、以降はマララさんとお呼びするのである。 マララさまでもいいのであるが、人によってはあれこれあらぬ誤解を生むおそれもないとは言えないので、まあ、マララさんである。 まあ、なんである、この人の写真を見るたびに涙があふれて思わずウソ泣きをしてしまうのはなんでだろうといつも思うのである。 人にはそれぞれこの世に生まれた役割があって、たとえば神という名の誰だかわからんものによるプログラムで人類最低の霊格に生まれたあたしは、自分のことしか考えずに、他人のために何かするなどもってのほかのまっぴらごめんで、自分さえよければだいたいよかろうという人生を心置きなく生きてその自堕落な生きざまを楽しむわけである。 マララさんは世のため人ために命を投げうって、たとえ銃撃されてもめげずに、神にプログラムされた気高い使命をまっとうして、その生きざまを通してあたしみたいな最低のものに気づきを与えんとする生き様を楽しむわけである。 なにしろ気づきである。 けっ、なーにが気づきだ、笑わせんじゃねーよ、という心の奥底の禍々しいものからの囁きも打ち消し、涙があふれて思わずその場に土下座して、「あたしが悪うございました、もう、嫌いな奴の氣道を操作したり邪気を送ったりしてあれこれするのは金輪際いたしません」なんてことを言わせるマララさんのエネルギーの威力の破壊力は、そうとうにろく...

真子さまと小室圭さん

再開していきなり大ネタである。 皇室に関することはブロガーとしては非常にアブナイネタであるから、できれば扱いたくないのであるが、この世の立て直しのために、あらゆることに見解を述べることが神に選ばれた預言者としてのお役目であると腹をくくってあれこれするのである。 誰が預言者だ。 皇室に生まれることはあたしら自由でお気楽なビンボー庶民と違って、生まれたときからマスコミによりあたしらの目に晒されて、侍従や女官そのほかに囲まれ、ある意味実に不自由な暮らしと言えるわけである。 それはあたしら下級国民の感想であって、幼少期からそのような環境にいればそれが当たり前で、すっかり慣れっこなのかと思ったら、婿さんのお母さまがあれこれ話題を提供したためにマスコミや国民の無責任で大きなお世話の言いたい放題のバッシングとなり、真子様はPTSDを発症してしまわれたというあれこれである。 あれこれでごまかすのは止めろというご意見もあろうが、あれこれでごまかしていないと核心に触れてさらに某所の逆鱗に触れて、あたしがPTSDを発症してしまうことにならんともかぎらんのである。 本日26日午前に真子様は小室圭さんと結婚して皇室を離れ、午後にはお二人で結婚会見に臨まれる予定であるそうである。   眞子さまと小室さんの婚姻届は、26日午前、宮内庁の職員が提出する予定であるそうなので、午後からの会見では眞子さまから真子さんになるのかどうかはある意味見ものである。 会見は、お二人が気持ちを述べた後、質疑応答はなく退出し、事前質問については文書で回答される形になったそうである。 もちろんこれは真子様の病状のこともあるとは思うが、現在の状況で質疑応答を行えば、非常識が当たり前のレポーターや記者たちのとんでもない質問が飛び出すのは目に見えているので宮内庁としては当然のことである。 眞子さまは結婚後しばらくは都内のマンションでお暮しになり、渡航手続きなどを終えてから、小室さんとの生活拠点となるアメリカに向かわれるそうであるが、しかし、治安の悪いアメリカで暮らすには相当な警護がいるだろうから、民間に降嫁し、基本的には警護費としての1億4千万円をご辞退なされてそれができないとなると、何かあれば責任を問われる宮内庁としては頭の痛いところである。 それもこれも含めて圭君の援助者は考えていることだろうから、まあ...

平尾さんちの遺産バトルと貴乃花親方の退職届

ここのところ大ネタがなくて困ってたワイドショー・メディアが大喜びで食いついた平尾さんの3番目の奥さんである妻のMさんと平尾さんの2番目の奥さんの子どもである3男の勇気さんのいわゆるなさぬ仲の因縁そのまんまにこじれた遺産相続のあれこれの会見が始まって、役員らによる7000万円の横領疑惑の話も飛び出して、弁護士、公認会計士、事務所社長、その他を巻き込んでおおもめの大騒ぎで、なにしろ他人事であるので「わはははは」と笑いながらおもしろがっていたらば、ニュース速報で貴乃花親方が退職届提出である。 まあ、とにかく世間でよくある相続のもめごとと、今でも人気が尋常でない貴乃花親方の退職届ではバリューが問題にならないのは言うまでもないことで、メディアはこぞって貴乃花部屋に押しかけて、中継も含めて平尾さんのもめごとはしばしあっちの方の隅に押しやられてしまったのである。 ワイドショー・メディアにとってはいわゆる盆と正月が一度にやってきたてなこれ以上ない嬉しいハプニングで、その時間帯の宮根さんも安藤さんもPもDも腕の見せ所であるが、まあ、勇気さんにとっては、親方はなんでこのタイミングでなにしてくれるんだということなのか、平尾さんの奥さんにとってはざまあみろなのかどうなのか定かでないが、とにかくこの世は運であるので、ものごとはまったく思う方向にはいかないという神の啓示であるわけである。 まあ、あたしら物見遊山の一般霊能者には平尾さんちの10億の遺産がどこへ行こうが、今後の数十億の印税がどこへ行こうが、どーでもいいわけであるが、しかし、あのヒットメーカーの平尾さんの遺産が10億って、それって、一時期の年収程度だろうから、どう見ても今後の印税うんぬんを別にして、相続額が数十億あるいは百数十億の数字になるのが普通であろうと思うのはあたしだけではないと思うわけである。 つまりは、こりゃ2度の離婚でえらい勢いで持って行かれてしまったのか、あるいは、奥さんが平尾さんに隠れてどなたかとうふふのあれこれして、使途不明てなことで、7000万どころではない額をあれこれしたんじゃなかろうかてな、いらぬ邪推をあれこれしてしまうのである。 まあ、あたしみたいなびんぼー気功家には想像の外の運営費があれこれかかって、思うほどもーかってなかったのか、あるいは、平尾さんはNPOに熱心であったそーであるから...

ついに塚原さんご夫婦今季限りで退任

てなことで、体操少女紗江ちゃんの一撃で、日本体操界のドン塚原さんご夫婦は第三者委員会の調査結果がどうあれ、来年の6月で退任の意向てなことになったわけである。 塚原さんの奥さんの昔の暴力指導があれこれ言われ始めて、それに対抗して塚原さん側には、あの新潮さん的下品な隠し弾があるとは思うが、あれを出すと逆に塚原さん側がさらに品性を疑われかねないという自爆の恐れもあるのかないのか、佐藤弁護士も奮闘むなしく紗江ちゃんにギブアップ的なあれこれである。 かくのごとく、この世浮世はなにがあるかわからんので、たとえ往年のオリンッピクの英雄で組織のトップであっても、ちょっとした行動言動のミスで命取りとなり、それまでの人生がわやくちゃになってしまうわけであるので、スポーツ界のエライ人は脇を引き締めてことに対処することをご推奨申し上げるのである。 なんておためごかしを言ってたら、今度は重量挙げ日本ウエイトリフティング協会会長であるオリンピック銅メダリスト三宅義行さんのパワハラ隠蔽問題である。 ご家族親族は、兄は二大会金メダリストのあの三宅義信さんであり、娘さんはロンドン銀、リオ銅のあの三宅宏実さんという、日本の重量挙げエリート一家である。 事の真偽はまだなんとも言えないが、まあ、スポーツ界の指導者の不行跡の暴露が終る様子は一向に見えないこの事態にあきれてものも言えない人も多々おられると思うわけである。 先日の「なぜ日本のスポーツ界の指導者はクズばかりなのか」てなフライデーさんの暴言が、暴言とも思えなくなるような展開である。 まともな指導者がおられるスポーツって日本に存在するのかねてな感想さえ抱くが、まあ、スポーツの指導者てなものは人格高潔てなことで選ばれるわけではなく、いわば体力勝負の世界で一番強かったものが指導するのは理の当然であるから、パワハラと言われても困るという向きも当然あるわけである。 てな日本のにっちもさっちもいかないあれこれで、スポーツの指導者はどいつもこいつもこんなものかと思ってたら、大坂なおみさんの若きコーチのように、パワハラ暴力暴言とは正反対の指導で世界一の選手を育てることは可能であるてなことがおどろきと賞賛のあれこれである。 日本のメディアは、当然、昨今の日本の指導者コーチのパワハラ問題と比較して、あのコーチをべた褒めである。 ...